三重県気候変動適応センター

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センター活動記録

2024.05.21

いま観光の現場で起きている変化(その2) ~食材の変化、海外からの宿泊客、気候変動の影響~

旅館海月 女将        
海島遊民くらぶ 代表 江﨑貴久

この記事は2023年9月15日に実施したヒアリングに基づき、
三重県気候変動適応センターが作成しました。

【旅館海月】

食材に起きている変化

 今、海月で提供する料理の食材で喜んでいただいているのは、イセエビ、岩ガキ、サザエ、サワラ、アナゴなどです。
 イセエビは2年ほど前から数が少なくなっています。岩ガキやアナゴも減ってきていると思います。

 以前は、赤ウニが夏にお出しする人気の食材だったのですが、現在は水揚げが無くなり、提供出来なくなりました。年によって漁獲量が増減する水産物もありますが、赤ウニの場合は漁獲量がだんだん減って、半分になって、次の年にはゼロになりました。赤ウニ以外でも、海の生き物には同じようなことが起こります。

 ナマコは、当地のお正月の料理には欠かせない食材です。ナマコは水温が下がると活動が活発になり大きく育つのですが、最近は水温がなかなか下がらず、水温が低い期間が短すぎて、正月に間に合わなくなっています。

赤ナマコ

 海藻も同様に、水温の影響を受けて、クロノリやワカメの養殖も厳しくなってきています。
 天然の海藻では、ヒジキの成長が悪くなっています。
 これらの変化には、気候変動による影響に加えて、黒潮の大蛇行も関係していると言われています。

 温暖化に伴い現在、資源量が高水準であるものとして、サワラが挙げられます。
 2010年以降、増加傾向にあることから、9月~1月の期間、10%以上と非常に高い脂肪含有率で、2.1~4.0㎏の伊勢湾周辺で登録漁師が一本釣りで捕獲したサワラを、鳥羽の答志島では「トロさわら」として、既定のタグを付け、ブランド化しています。
 ここ数年の短期間で見ると、やや減っていて、漁師さんたちも心配しています。
 鳥羽のブランド化の成功により、特に流通先の都会でも刺身で食べられるサワラ自体がマーケットに認知されるようになりました。そのため、沿岸漁業界の救世主ともなっています。

 一方で、サワラについての資源管理の意識がまだ、瀬戸内海以外では形にされていない現状があります。これは、鳥羽だけでなく、伊勢湾周辺、サワラの同じ群れが移動する広範囲にわたるエリアの漁師さんたちの合意が必要です。また、漁師さんたちがみんな願っていても、行政がそのテーブルを用意しなければ、その思いが届かないことになります。

 いつも変化に敏感だからこそ、漁業は成り立っています。今や、どの地域の漁師さんでも資源保護について、配慮しない漁村はありません。調査に時間がかかるからこそ、いち早く取り組み、関係者の情報共有と消費者自身も資源問題への理解が欠かせないのです。

答志島の「トロさわら」

 三重県は、伊勢湾内、外海、沿岸の岩場など異なる環境の漁場があり、そこから獲れる食材も多様性に富んでいました。それが伊勢志摩の魅力だったわけです。このため、今までは、何か特定の魚介類が減っても、代わりとなる食材を選んで提供することが出来てきました。しかし、近年は、いよいよ代わりとなる食材が見当たらなくなってきました。

 海月では、昨年(2022年)から、アワビの料理を提供するのを止めました。
 昨年(2022年)、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにアワビが掲載されました。レッドリストというのは、いわゆるレッドデータブックと同様、絶滅危惧種をリストアップしたものです。

 レッドリスト掲載が、アワビの提供を止めた理由ではありませんが、もう止めようと決断するきっかけになりました。絶滅が心配されるものを大量に消費するよう促すのでは、気持ちよく経営できないなと思ったわけです。
 アワビが食べたいというお客様には、養殖物ですよ、地物では無いですよと説明してから提供しています。それによって、地元にアワビはもういない、すごく減っている、20年間で95%減ったと知っていただくきっかけになります。

海外からの宿泊客

 海月には、海外からのお客様もたくさん訪れます。国別では、人数が多い順に、フランス、ドイツで、台湾とアメリカがこれに次ぎます。
 実は、海外からの誘客は、旅館の経営を引き継いだ当初から狙ってきたことです。
 海外からの宿泊客は、環境に配慮する意識の高い方が多く、受け入れる側としても、水産資源やサービスによって地域が無理をしなくてすむ、気持ちの良いお客様です。食材についての海月の考え方も、よく理解して賛同いただいています。

 ただし、海外からのお客様についても課題はあります。
 外国人が好む食材は、日本人とは異なります。お客様が料理を残さないのが、海月の自慢であり、強みなのですが、海外からのお客様は日本人に比べると、料理の廃棄量が多めになっています。この食品ロスをなんとか減らしたいという思いがあります。

 アナゴは蛇のように見えるらしく、長い魚だと説明しても、見た目でもう無理な方がいます。

 サザエもあまり好まれません。特に欧米からの方はそうです。サザエの刺身には箸をつけても、つぼ焼きはほぼ食べません。食べたとしても、美味しいとはまず言いません。一方、アジアからのお客様は、サザエに似た夜光貝を始め、貝を食べる習慣があるので、サザエを喜んでいただいています。食材に対する嗜好は、地域によって様々です。
 意外に思われるかも知れませんが、イカ、タコ、エビもそれほど好きではないと思います。歯ごたえのあるものはあまり好まれません。

 海月では、秋にイセエビの竹輪を提供しています。主な材料はイセエビとイカですが、こちらは海外のお客様にとても人気があります。食材がもとの形のまま提供される料理の場合、ふだん見慣れていないものだと抵抗感が強いようです。

イセエビの竹輪

 日本人の嗜好を基準に考えて、外国人向けに、別に喜ばれもしないのに希少な水産資源を提供するという状況に今の観光は陥っています。
  そこで、アワビ、サザエ、イセエビ等を始めとする様々な食材について、何が食べたくて来たのか、食べて美味しかったか、資源量が減っていると知っても食べたいか等、現在、三重県観光部と基礎調査を行っています。

気候変動による観光への影響

 気候変動による影響について、気温が高いことで水温も高くなっているため、大浴場のお湯を沸かすために使用する重油の使用量が少なくて済んでいます。

 酷暑は歓迎できませんが、通年で考えると、気温が暖かいほうが観光には向いています。当地は伊勢神宮が近くにあるため、1月は観光客でにぎわいます。しかし、毎年2月を始め、冬の寒さが厳しい時期を通してみると、鳥羽を訪れる観光客は少なくなります。それが、冬の気温が上昇することで、観光に訪れやすくなるという側面もあります。

 ただし、こうした気候変動のプラス面での影響を語るのは十分な注意が必要です。
 日常的に外国人と接しているため、どうしても比べてしまいますが、日本人は、ゴミの分別等、表面的にはきっちりやっている感じがしていても、価格が上がってでも私たちが住める環境を将来に残すという考え方には、まだ遠いと感じています。地元のものを大切に食べる、たくさん採れるものを食べる、資源や環境に配慮した体に優しいものを選ぶというのは、そうでないものと比べて同程度か、安ければ実践しますが、そうでなければ難しい状況です。

 また、近年、富裕層をターゲットにする観光手法が進められていますが、富裕層についても、食へのこだわりは2つに分かれているように思います。品質が高く希少な食材を求める人と、資源量や環境への配慮と、質の向上、この両方への努力がされている食材を求める人です。
 富裕層を一括りにして捉えるのではなく、セグメント化が必要であり、我々の地域に負荷を与える富裕層については、受け入れないことが、より質の高い富裕層を魅了することにつながるはずです。

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