2025.08.04
こだわりの木桶でつくる しょうゆ、みそ(その4)

伊勢蔵株式会社
代表者 式井 一博
この記事は2024年8月26日に実施したヒアリングに基づき、
三重県気候変動適応センターが作成しました。
この夏に起きた変化
蔵の温度管理について今までは特別に気を使うことはなかったのですが、昨年は、とても気にしました。特に夏は夜に気温が下がらないことで、蔵の中の暑さを翌日に持ち越してしまい、蔵の中が例年より暑くなりました。
昨年は暑さのため、醤油を作る途中のもろみも温かくなってしまい、例年なら発酵が終わるのが9月の第1週ごろですが、昨年は、お盆頃に発酵が終わってしまいました。例年と比較すると約3週間早かったことになります。発酵が落ち着くのが早すぎたことを感じました。
ここで、心配になるのは過発酵です。過剰に発酵すると味に影響してきます。例えば、お酢の場合、過発酵してしまうとエタノール臭がきつくなります。伊勢蔵もお酢でドレッシングを作っていますが、過醗酵してしまうと、まれにマニキュアを取る除光液っぽい香りがする時があります。これは、発酵が一気に起こりすぎ、そのような香りになってしまうことがあるようです。
大手製造メーカーでは、すべての製造工程について温度管理されています。仕込んでからこの工程までは何度で管理する、またこの工程からこの工程までは何度で管理すると決めて温度コントロールしています。
しかし、伊勢蔵のように木桶で醤油を作っている蔵元は、ほとんどが天然醸造で、自然の温度変化にゆだねており、基本的にどのタイミングで発酵を終わらせるというようなことは行いません。
昨年は、発酵が終わるタイミングが早かったというものの大手メーカーに比べれば長い時間をかけて緩やかに発酵させているので、それほどは変わった味にはならないと思っています。心配なことは、しっかりと伊勢蔵の味になっているかどうかという点です。
気候の変化への対応
昨年と同じような気候が今後も続くのであれば、暑さについて何らか対策を取る必要があるのかも知れません。昨年は特に暑かったですが、他に木桶を使っている蔵元からは、今のところ何ら対策を講じたというような話は聞いていません。
しかし、少し前の話になりますが、蔵が暑すぎて蔵の香りが悪くなったので、蔵に風を通すように工夫された蔵元さんはありました。普段、嗅いでいるような匂いの他に、むせたような匂いがし怖くなったと話されていました。暑さが原因で蔵の匂いに変化があったのではないかと考え、なるべく蔵を換気し空気の循環を行ったところ匂いは改善されたということでした。その翌年は、換気等に気を付けていたら、特に問題は発生しなかったということを聞いています。
伊勢蔵では、木造の二階建ての建屋で味噌を作っています。
この木造の蔵の温度は、昨年の夏でも31、32℃くらいまでしか上がっていませんでした。昨年、醤油については、発酵が3週間ほど早く終わりましたが、味噌には大きな変化はありませんでした。
一方、醤油の建屋は鉄骨とスレートで出来ています。高さは、二階建てよりもさらに高い建物です。
建屋内の上の方ではある程度温度が高くなっていたとは思いますが、木桶は、地面から2~3mの高さのため、それほど気になるような温度上昇はありませんでした。しかし、昨年は人が作業している地面の高さでも35℃くらいにはなっていました。
作業する人にとって暑さは大変ですが、人の場合は暑さから逃げることができます。また、人は、スポットクーラーなど使用し涼をとることができますし、ネッククーラーのようなものを首に巻けば熱中症対策にもなります。しかし、木桶は逃げることができません。
気温の上昇のレベルが今のまま収まってくれれば良いのですが、これから先さらに上がり、建物内が40℃近くまで上がってしまうと、大手メーカーの製造環境と同じレベルになってしまいます。もし、そうなると出来上がる製品は違うものになってしまう可能性が高くなります。その際、どのように対応していくかは、出来上がった製品を見て考える必要があります。極端な話をすると、鉄骨とスレート作りの建屋を木造で立て直したほうが良いのかというようなことも思っています。
気候変動によって気温が上昇する以外にも気候が変化していく中で雨の降り方も変わっていくといわれていますが、この点も気になっています。昔から大雨が降ると、伊勢蔵周辺は川のようになってしまいます。
昨年の梅雨は、“ジメっと”した期間が長かったのです。湿度が高いとどうしても産膜酵母菌が繁殖しやすくなります。菌が増えすぎてしまうことは、味噌や醤油を作る際に良い影響は与えません。また、蔵内の衛生管理にも余分に留意する必要があり手間もかかります。日本には梅雨があるのは仕方ないことですが、気候変動により、より長い期間、梅雨とならないことを願っています。
気候変動が進み、今後現れる影響についてどう対応していくかはこれからの課題ですが、木桶作りの醤油や味噌は、日本が誇る伝統であり文化です。100年先にも木桶で作った醤油や味噌を皆さんに提供し、喜んでいただけるよう今後も頑張っていきたいと思っています。
