三重県気候変動適応センター

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2021.07.08

マツ枯れを防ぐための松くい虫発生予察情報

三重県林業研究所

日本と三重県におけるマツ枯れの被害

 日本では戦後、主にアカマツやクロマツといったマツ類が枯れるマツ枯れ被害が大きな問題となってきました。日本国内におけるマツ枯れ被害は、1年間に一般的な木造住宅約1万2500戸分にあたる約30万立方メートル(2019年度 林野庁データ)に及んでおり、我が国最大の森林被害となっています。マツ枯れ被害は、北海道を除く日本全土に広がっています。

 三重県内においても同様に、過去に大規模なマツ枯れ被害が続き、大きな問題となってきました。その被害規模は、1981年をピークに長期的には減少傾向にありますが、依然として、被害は毎年発生しています。 

松くい虫の被害にあったマツ林

 マツは、古くから建築、土木、燃料用材として利用されてきました。また、海岸のマツ林は、海からの風を弱め、砂や海水塩分が砂浜を越えて住宅地や農地にやってくるのを防ぎます。さらに、津波の被害を軽減する効果があるともいわれています。三重県においても、各地の海岸線にマツが植えられており、人々の生活にとって重要な役割を担っています。

 マツはこのように人々の生活に役立つだけでなく、海岸等の景勝地、ゴルフ場等の景観や、寺社仏閣、個人宅の庭木として、長い間日本人に親しまれてきました。

 このような身近なマツが枯れることは、森林としての重要な機能を損なうだけでなく、長い間親しまれてきた景観が失われることを意味するため、古くから多くの人々の関心を集めてきました。

どうしてマツ枯れが発生するのか

 マツ枯れを引き起こすのは、マツノザイセンチュウという体長1mmほどの小さな線虫です。マツノザイセンチュウは、自分では広範囲に移動することは出来ません。マツノマダラカミキリが、マツノザイセンチュウをマツからマツへと運ぶことで、被害を広げています。

 マツノザイセンチュウとマツノマダラカミキリによってマツが枯れる被害のことを一般に「松くい虫被害」と呼んでいます。松くい虫被害が広がる過程は以下のとおりです。(以下、カミキリと記載があった場合、マツノマダラカミキリのことを指します。センチュウと記載があった場合、マツノザイセンチュウを指します。)

マツノマダラカミキリ成虫(オス)
マツノザイセンチュウ

 冬の間、マツノザイセンチュウによって枯れたマツの中で幼虫として過ごしたカミキリは、5月から7月ごろにかけて羽化し成虫になります。成虫になったカミキリは枯れたマツの木の中から出て、元気なマツのところへ行き、その枝の樹皮を食べます。この時、カミキリの体内に潜んでいたセンチュウが、カミキリのかじった跡から元気なマツの木の中に入り込みます。

 マツノザイセンチュウはマツの木全体に広がり、増殖することで元気だったマツの木は衰弱します。カミキリは、衰弱したマツを産卵の場所として選び、夏から秋にかけて産卵します。その後、孵化した幼虫がマツの木の中で成長し成虫として脱出する前に、マツの木の中にいたセンチュウが、再びカミキリの成虫の体内に入り込みます。そして、成虫となったカミキリとともにマツの木の外へ出ていきます。

 このように、マツノマダラカミキリは、自分では移動できないマツノザイセンチュウを運んでやる一方、センチュウはマツを弱らせることで、カミキリに産卵場所を提供します。マツノマダラカミキリとマツノザイセンチュウはこのように互いに利益を与え合いながら、上記のようなサイクルを繰り返すことで、マツ枯れ被害を急速に広げていくのです。

マツ枯れ対策と課題

 マツノザイセンチュウがマツの木の中に侵入し、衰弱が始まると治療・回復は困難といわれています。そのため、マツ枯れ対策としては、①マツノザイセンチュウの感染を予防すること、②被害を受けたマツを確実に除去し、被害が広がるのを防ぐことが重要な対策となります。

 マツノザイセンチュウの感染を予防するための第一の方法は、薬剤の樹幹注入です。これはセンチュウがマツの木の中に入っても増殖できないよう、あらかじめマツの木全体に薬効成分を行き渡らせておく方法です。

 マツノザイセンチュウの感染を予防するための第二の方法は、薬剤散布です。これはマツノザイセンチュウの運び屋であるマツノマダラカミキリの成虫を駆除する方法です。

 たとえば、マツの枝葉に殺虫剤をかけておいて、マツノマダラカミキリが若枝をかじらないようにしたり、かじったカミキリを殺す方法です。カミキリが若枝をかじらなければ、センチュウはマツの木の中に入ることが出来ません。

 マツがすでにマツノザイセンチュウに感染し衰弱してしまった場合、速やかに伐倒駆除を行い、さらに被害が広がらないようにする必要があります。この際、被害木を伐倒して焼却したり、細かく砕いてチップ化したり、薬剤処理を行ったりして、被害木の中に入っているマツノマダラカミキリを確実に駆除することが重要です。

薬剤散布

 三重県内では、以上の方法により松くい虫被害の対策が実施されています。中でも、薬剤散布は、各自治体が公共事業として実施しているだけでなく、個人でも広く行われていますが、これはマツノマダラカミキリの成虫が発生する限られた期間に正しく行わなければ、高い効果を得ることができません。

 さらに、成虫が発生する時期は気温の影響を受けるため、毎年どの地域でも同じ時期に発生するわけではありません。そのため、薬剤散布を適切に実施するためには、年や地域によって変わる成虫発生時期をできるだけ正確に把握する必要があります。

松くい虫発生予察でマツを守る

 林業研究所では、薬剤散布を実施するうえで重要な、マツノマダラカミキリの成虫の発生初認日(成虫がその年初めて木の中から外へ脱出する日)や、成虫の発生最盛期を把握するため、毎年、「松くい虫発生予察事業」を実施しています。

 この事業では、県内2ケ所(比較的温暖な地域と寒冷な地域)のマツ林からマツノマダラカミキリの幼虫が入っている枯れ木を採取してきて、およそ5日おきに木を割り、中のカミキリの生育状況を調べます。この時、木の中のカミキリが幼虫・蛹・成虫のいずれの状態になっているかを確認します。また、成虫の発生状況を毎日観察します。

 これまでの成虫の発生状況の調査結果をみると、2005年から2019年において、志摩市で採取したアカマツ被害材からのマツノマダラカミキリの発生初認日は、5月19日(2016年)から6月13日(2011年)まで大きなばらつきがあります。一方、発生終了日は発生初認日に比べてばらつきが小さくなる傾向があります。

 また、志摩市及び伊賀市で採取したアカマツ被害材から脱出したマツノマダラカミキリの発生初認日と、4月の平均気温の関係をみると、平均気温が高いほど発生初認日が早くなる傾向があります。

 現在、林業研究所では、これらの調査結果や毎年の気温条件などをもとに、成虫の発生初認日と成虫の発生最盛期を予測し、Webページ上で発信しています。また、実際に成虫が発生した場合も速やかにその情報を発信しています。

 気候変動の影響により、気温がさらに高くなるとすれば、マツノマダラカミキリの発生はさらに早くなるかも知れません。その場合、薬剤散布の適期も早まることになるため、マツノマダラカミキリの被害対策を実施するうえで気温の上昇は重要な因子となります。

 マツ林が持つ様々な機能を保つため、また、人々が親しんできたマツの景観を守っていくためには、薬剤散布をはじめ、これまでに述べた対策を適切に実施する必要があります。

 林業研究所では、今後の気候の変化等を注視し、より精度の高い成虫発生予測を行うことで、関係者によるマツの保全を支援していきたいと考えています。

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