2024.05.21
いま観光の現場で起きている変化(その1) ~旅館海月の経営方針~
旅館海月 女将
海島遊民くらぶ 代表 江﨑貴久
この記事は2023年9月15日に実施したヒアリングに基づき、
三重県気候変動適応センターが作成しました。
【旅館海月】
海月の経営方針
海月は明治時代から続く旅館です。私は5代目として、1997年から旅館海月の経営に携わってきました。それまで東京の商社に勤務していたのですが、実家の旅館の経営が行き詰まったのをきっかけに、郷里である鳥羽に戻ってきました。
海月の客室は10室、宿泊できるのは最大で30名ほどです。経営に携わった当初から顧客として狙う層を絞り込み、規模が小さいことのメリットを活かす旅館経営を目指してきました。
大規模なビジネスを展開しようとすると、いろいろな面で無理が生じます。特に食材の調達には無理が出てきます。
経営に携わり始めた時点で、すでにアワビは手に入りにくくなっていました。宿泊人数に合わせて、数を揃えるのが大変でした。もちろん養殖物のアワビもありますが、鳥羽ではアワビの養殖は行っていません。
海月では、その季節に地元で獲れる食材を提供することにこだわっています。
かつて、大手の旅行代理店が作る伊勢志摩地方のパンフレットには、四季を通じて、イセエビとマダイの写真が載っていました。私はそのことに強い違和感がありました。そこで、料理に使う食材を地元で獲れる旬の食材へと切り替えていきました。
以前は、夏にもイセエビを提供していましたが、提供するのを止めました。三重県で夏にイセエビは獲れません。5月から9月までは禁漁期間です。
地域全体がイセエビを売りにしている中で、イセエビを無くしてお客様が来てくれるのかというのが、一番大変なところで、正直、最初の頃はすごく苦しかったです。
旅館は、一方的に情報発信を行うようなビジネスではありません。観光地の接客の現場では、様々な媒体から発信された情報をもとに来ていただいたお客様との間で、双方向のやりとりがあります。
最初に、お客様に対して不誠実な情報発信が行われてしまうと、受入現場のスタッフは大変です。
地元で獲れない食材、禁漁時期の食材を提供していると、お客様から食材について尋ねられた時に口ごもる場面が出てくるわけです。
地元の旬の食材なら、お客様の質問に胸を張ってお答えすることが出来ます。食材を切り変えることが、結果として気持ちよく働ける職場づくりにもつながっています。