2020.03.16
猛暑の影響でウミガメの子供が熱中症になっている
ウミガメネットワーク会長 米川 弥寿代
■ ウミガメの生息環境は悪化している
アカウミガメは、海を回遊する大型は虫類で、毎年、産卵をするために伊勢湾沿岸の砂浜にやってきます。昔はどこにでもあった砂浜が減少して、アカウミガメの産卵に適した場所も少なくなっています。
これは、ダムや護岸工事の影響で川から海に砂が流れ込まなくなったこと、突堤や離岸堤等、人工的な工作物を作った影響で潮の流れが変わり、砂が堆積する場所が変化したこと等が原因で砂浜が失われているからです。
産卵からおよそ2ヶ月で卵は孵化します。孵化した子ガメは、1日から7日ほどかけて徐々に砂の中から上がってきて、通常、夜間に地表に出てきます。この砂から這い出る行動を「脱出」といいます。
地上へ出た子ガメは海面の明るさを頼りに波打ち際を目指す性質があります。(自然下では宇宙から届く紫外線の影響で、ウミガメにとっては闇夜でも陸よりも海の方が明るく見えるそうです。)しかし、堤防の方に灯りがあるとそちらへ誘導されて、海にたどり着けずに死んでしまうことがあります。またたくさんの漂着物があると、それが邪魔をして海に帰ることができず死んでしまいます。
産卵から孵化、砂からの脱出、子ガメが海へ帰る過程以外でも、伊勢湾に訪れるアカウミガメを取り巻く環境は厳しくなっています。漁業者が設置した定置網等にアカウミガメが誤って入り、息継ぎができず溺死することもあります。伊勢湾内を多くの船(貨物船、高速艇、漁船、ジェットスキー等)が航行しているため、接触してしまうこともあると思います。さらに、海を漂うプラスチックごみ等をウミガメ類が誤って食べてしまう問題も明らかになっています。
■ ウミガメを守る保全活動
ウミガメネットワーク(以下、「当会」)はウミガメの保護を目的に2014年に設立されました。主な活動範囲は、三重県四日市市から津市までの海岸で、アカウミガメの産卵や孵化・子ガメ脱出等の調査や見守り、海岸清掃や海岸保全活動、環境学習会やウミガメ出前講座実施等の研修啓発活動を行っています。
伊勢湾岸において、アカウミガメは、5月中旬から8月上旬にかけて上陸し産卵します。当会では、2014年以降、確認することができた産卵巣(卵が産み落とされた穴)について、場所、日にち、産卵数、産卵巣の深さ、孵化状況、脱出日数等をできる限り記録してきました。
■ 猛暑で子ガメに異変が
2018年の夏には、いままでに経験したことのない昼間の大量脱出が津市で確認されました。私個人としては当会設立以前からアカウミガメの保護に携わっており、この15年間で初めてのことでした。
通常ひとつの産卵巣で生まれた子ガメは、そのほとんどが一斉に脱出し、その後、残ったわずかな子ガメが1週間以内に出てくることが多いです。一斉にたくさんの子ガメが出てくる方が生き残れる可能性が高いからです。たくさんの子ガメが一斉に出た後、1個体や2個体が、昼間に脱出することはこれまでもありました。
しかし、2018年8月6日に津市香良洲町で確認された脱出は、まったく異なったものでした。協力者の方から午後2時頃に連絡を受けて午後3時頃に当会会員が現場を訪れたところ、8個体が脱出しており、うち7個体はすでに死んでいました。午後2時から3時の間に8個体が脱出したと考えられます。午後3時の時点で、産卵場所からは更に15個体ほどが脱出しようとしていました。その15個体ほどの子ガメを放置すればすべて死んでしまう恐れがあったため、当会会員の手で波打ち際まで運びました。この産卵場所からは、確認できただけでも8月6日から12日までに6回も子ガメが脱出しています。砂中温度は子ガメの脱出の仕方にも影響するようです。
当日の最高気温は36.9℃、砂浜表面の温度は50℃を超えていたと思われます。後日、8月6日と同様の天候の日(8月26日 最高気温36.7 ℃ )に同じ時間帯を選んで改めて測定した際には、砂浜表面の温度は56℃でした。
■ 砂中温度の測定
当会では2015年から、産卵場所近くの砂浜表面から概ね30センチの深さの温度を測定しています。砂中温度は、孵化時期を決定する重要な要素です。砂中温度は、アカウミガメの胚の発生速度と強い関連があり、産卵後の砂中温度の累計が一定の値に達すると卵は孵化します。
測定には、データロガーと呼ばれる温度計を使います。データロガーの計測間隔は自由に選択できるため、産卵確認から孵化率調査(最初の脱出からおよそ2週間ほど後)までの砂中温度を1時間おきに切れ間なく測定し記録することができます。
異常な脱出が確認された津市香良洲の産卵巣について、砂中温度、気温、降水量の変化を時系列で追ってみると、卵が30℃以上の高温に長時間さらされていたことがわかります。また、この香良洲町の産卵巣における卵室上部(卵の一番上)は21.3cmの深さで、データロガーを埋めた場所よりも地表に近いことから計測値よりも高温であったことが予想されます。
「ウミガメの自然誌」(亀崎直樹, 2012年, 東京大学出版会)によれば、アカウミガメの孵化幼体(子ガメ)は、30℃以上の高温になると遊泳速度が著しく低下し、33℃以上では協調運動が失われると言われています。
また、2002年の松沢慶将氏の研究によれば、日本のアカウミガメにおいて、脱出前4日間の平均砂中温度が高温であると脱出率は低下するとも言われています。今回の事件から、砂中温度は卵の孵化のタイミングだけでなく、脱出等子ガメの運動性にも大きく影響することがわかりました。
2018年三重県津市の海岸2地点(上:香良洲、下:阿漕)における砂中温度、気温、降水量の推移(産卵確認から最初の脱出後およそ2週間までを計測したもの)
孵化幼体脱出時の砂中温度
【香良洲】8月6日 31.4℃
【阿漕】 9月3日 28.5℃
津市香良洲では、昼間の異常な脱出が観察された。 砂中温度の変化を時系列で追ってみると、津市香良洲では、卵が30℃以上の高温に長時間さらされていたことがわかる。
※グラフの右端で砂中温度(緑線)が激しく上下しているのは、測定装置(データロガー)を砂浜から掘り出したことを示している。
通常は夜間になってから、あるいは激しい雨の後、地表付近の砂が冷やされてから子ガメたちは砂からの脱出を行います。しかし、この香良洲町の産卵巣では砂中温度が長い時間、高温で推移したことで、子ガメに本来備わった機能が失われて、炎天下にたくさん脱出したのではないかと考えます。
■ 進行する温暖化の心配と今後の活動
2018年はとても暑い夏でしたが、地球温暖化が進行すると夏の暑さはより厳しくなると予測されています。そのため、ウミガメの産卵場所における砂中温度もより高温になってしまい、子ガメが死亡してしまうリスクが増加するのではないかと危惧しています。大きな台風や高潮による卵の流出や産卵巣の冠水も心配です。海面上昇も砂浜の減少に拍車をかける恐れがあります。
今回のような子ガメの異常行動が何に起因するものなのか、今後も専門家の意見を聞きながら明らかにしていきたいと思います。また今回の異常行動に限らず、砂中温度の測定を継続しデータを蓄積することで、アカウミガメの生態の様々な側面を明らかにできる可能性があると考えています。
最近ではウミガメに水温のセンサーを取り付けてデータを集め、長期的な海水温の予測の精度を高めるユニークな手法を海洋研究開発機構等が開発したそうです。
気象の長期的な予報には海水温の変化の予測が重要なので、これまでは人工衛星で海水面の温度計測をしたり、ブイを使って水深ごとに計測したりしていました。しかし、データが不足していて正確な予測は困難でした。
地球温暖化により大規模な台風が増えている現在、台風の進路予測のために海水温の計測が必須となっています。ウミガメを利用することによって広範囲に継続して海水温を計測できるので、長期的な海水温の予測精度が劇的に向上したそうです。一方ウミガメにとってセンサーは採餌に影響なく、2 年以内に自然に外れるよう設計されているため大きな負担にはならないようです。
まさに、台風から人間がウミガメに救ってもらう時代になってきたようです。人間とウミガメの共生を考えながら、今後の研究開発に期待しています。