三重県気候変動適応センター

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フィールドワーク

2020.06.09

養殖漁場の水温測定

魚類養殖漁場の全景

三重県水産研究所 尾鷲水産研究室

■水温測定開始のきっかけ

 尾鷲水産研究室の業務の一つに魚病診断業務があります。生産者によって養殖されている魚にへい死等の異変があった時、その原因を明らかにし、対処方法に関する指導や助言を行う業務です。

 三重県ではマダイを中心に魚類養殖が盛んに営まれており、マダイの魚病診断件数が他魚種より多くなっています。養殖マダイの魚病診断件数は、マダイ養殖技術が向上したこと等を反映して減少し、近年は年間20件前後(生産量1,000トン当たり)で推移していました。ところが平成28(2016)年度に魚病診断件数が35件と急増しました。生産現場で多くの魚病が発生し、生産者の経営にマイナスの影響を及ぼしたと考えられました。

 平成28(2016)年度は、夏の猛暑や暖冬の影響で水温が高く推移しました。この高水温が魚病診断件数を増やした要因の一つではないか、仮にそうだとしたら、地球温暖化が危惧されているなか、今後も高水温となる状況が継続し、魚病の発生が多くなるのではないかということを考えました。

 そこで、魚類養殖漁場の水温が気温と同じように高温化しているのかどうか検証するとともに、水温と魚病診断件数の関係を把握して将来に必要な対策を考えていこうと、平成29(2017)年度から三重県で盛んに魚類養殖が行われている湾4か所を選び、水温の詳細な測定を始めました。そして得られたデータを用いて魚類養殖漁場の水温の動向を調べ、水温に及ぼす気温や潮流等の影響を解析しています。また、既に過去から水温が測定されている漁場もあるので、その水温データを解析し、長期的な傾向として実際に水温が上昇しているのかどうか、水温の高い年が低い年と比べて魚病の診断件数が増える傾向があるのかを調査・解析しています。

 更に、魚類養殖漁場の水温動向を把握したうえで、今後の水温動向の予測ができないかということも考えています。もし、気温等の要因に連動して水温も変動しているのであれば、今後の水温の動向についても、ある程度、予測がたてられます。

■三重県の魚類養殖

 三重県の魚類養殖は、前述のようにマダイ養殖を中心に営まれています。

 三重県では、昭和30年代からブリの養殖が始まりました。昭和40年代頃まではブリが主要な養殖魚種でしたが、その後、徐々にマダイへとシフトしました。現在、養殖されている魚の尾数では8割、生産重量では半分くらいがマダイです。

 ブリはおよそ2年かけて養殖し、5~6キロに育ったら出荷します。飼料等にコストがかかるので、せっかく育てたブリが出荷直前に赤潮等で死んでしまうと大きな損失が発生します。また、九州や四国を中心に、大規模な経営体が出てきたことから、小規模な経営体が多い三重県はコスト競争の面でも不利になってきました。マダイは1~1.5キロで出荷でき、価格も高かったことが、ブリ養殖からマダイ養殖への転換が進んだ要因となりました。

生簀(いけす)で養殖されているマダイ

■水温測定を開始しての気づき

 詳細な水温調査は、平成29(2017)年度の初夏から、五ケ所湾(南伊勢町)、錦湾(大紀町)、尾鷲湾(紀北町)の3か所で開始しました。平成29(2017)年度の冬には賀田湾(尾鷲市)も追加して4か所としました。

 水温測定を行っている4か所は、いずれも魚類養殖が盛んな海域で、マダイを中心として最近はマハタ等の養殖も行われています。

 水温測定は、データロガーという水温を測定し記録する装置を養殖筏から海中に吊るして行います。測定の頻度は、1日12回、2時間おきで、データロガーが自動で行います。

 水温調査を開始して2年半ですが、これまでの結果から感じていることは、4か所はいずれも熊野灘に面した湾として大きな傾向は共通しているが、詳細にみると湾毎で様相が違うところもあるということです。

 魚類養殖漁場の水温は、基本的には気温の影響を強く受けて変動していますが、他の要因にも影響を受けています。例えば地形があり、水深が浅い湾では気温の影響を受けやすい傾向があります。また近くに大きな河川がある湾では、降雨による河川水の増加の影響を受けて短期的な水温変動が大きくなります。これらの結果として水温動向も異なってきます。

 マクロでみるところとミクロでみるところ、それぞれ区別しながら、各湾の特徴を明らかにしていきたいと思っています。

養殖用の生簀(いけす)

■過去からの測定データの検証

 気象庁は日本近海における海面水温の長期傾向を解析しており、四国・東海沖の海域では、ここ100年で1.22℃程度上昇していると報告しています。しかしながら、気象庁のデータは沖合の水温の動向を示しており、魚類養殖が行われているような沿岸における水温の動向までは解析していません。

 平成29(2017)年度から開始した水温の詳細調査以外にも、当研究室では、昭和46(1971)年度の途中から、尾鷲湾(尾鷲市)で水温測定を続けています。この測定は平日の毎日朝10時頃に手作業で1回行うというものです。この測定による尾鷲湾(尾鷲市)での年平均水温と夏季(8月と9月)平均水温の推移をみると(ともに水深2m)、昭和47(1972)年以降、現在に至るまで、水温の上昇傾向はみられていません。ただ、高水温の年もあれば低水温の年もあり、年による変動が大きいことが明らかになっています。

 当研究室以外にも、尾鷲市、南伊勢町でも昭和61(1986)年以降、尾鷲湾や五ケ所湾等で水温が継続的に測定されています。それらのデータからも、魚類養殖漁場の水温には明らかな上昇傾向はみられていません。

尾鷲湾(尾鷲市)の水温の推移(S47~H30 、水深2m)

■水温と魚病の発生の関係

 平成19(2007)年度以降12年間の尾鷲湾(尾鷲市、水深2m)の年度平均水温と水産研究所における養殖マダイの魚病診断件数の推移を図に示しました。魚病の発生は、環境や養殖密度等の飼育条件、養殖に用いる種苗の良し悪し等多くの要因による影響を受けて増減すると考えられます。水温との関係をみると、年度平均水温は平成27(2015)年度以降高い傾向があり、魚病診断件数も、平成30(2018)年度は若干多いレベルに留まっていますが、平成28(2016)年度以降多い傾向がみられていますので、高水温と魚病診断件数の多さとは多かれ少なかれ関係があると考えています。魚病の発生は、水温が高い夏季~秋季に多いことから、平均水温が高い年では魚病発生のリスクが高い期間が長く、それだけ魚病診断件数も多くなっている可能性があります。

マダイの魚病診断件数(生産量1,000トン当たり)と尾鷲湾(尾鷲市)における水温の推移(H19 ~30)

■気候変動影響の現状と将来リスク

 水温は、魚の生理状態や病原菌の活性等に直接影響を及ぼす要因ですので、その動向は魚類養殖に大きな影響を及ぼします。今のところ、長期的には目立って水温が上昇しているような傾向はみられませんが、今後も、その状況を注視しなければならないと考えています。

 魚類養殖漁場の水温について、これまでの調査から基本的には気温の影響を受けて上下することが分かってきましたが、ぜひ指摘しておきたいことは、沖を流れる黒潮の影響も強く受けているということです。

 紀伊半島沖を流れる黒潮が大蛇行すると熊野灘沿岸の水温が高くなる傾向があります。これは、黒潮が大蛇行すると、熊野灘沿岸では黒潮から分かれる内側反流による暖水の影響を受けやすくなるためです。黒潮は、一昨年(2017年)の8月から大蛇行が始まり、2年以上継続しています。ですから、現在の熊野灘沿岸の魚類養殖漁場の水温は高水温傾向で推移しています。この大蛇行が始まる前の27年間は平成16年7月~平成17年8月の1年間を除いて大蛇行はみられませんでした。さらにその前は、大蛇行が頻繁に繰り返されていました。現在の黒潮の大蛇行がいつまで続くか分かりませんが、今後しばらくは継続すると推察されていることから、その間は魚類養殖漁場では高水温傾向が続くと考えられます。

 魚類養殖漁場の水温が今後どのように変動していくのか、長期的な黒潮の流路予測が困難であることもあり、現時点では明らかになっていませんが、もし温暖化等によって高水温化が進むとすると、研究機関としては高水温化のメリット、デメリットを考え、メリットを活用しながら、デメリットを削減していくような研究をしていく必要があると思っています。

 高水温化のメリットとして考えられることは、魚の摂餌量が増え、成長が良くなるということです。ただ、水温の上昇とともに魚の基礎代謝も上がるので、そのために必要なエネルギーも多く必要となり、養殖管理に影響が出るかもしれません。例えば、基礎代謝が上がると脂肪分を多めにした飼料を与える必要があると指摘する報告もあります。環境変化に対応した養殖管理手法の研究が必要となります。

 水温が上昇すると新たな魚種の養殖の可能性も出てきます。クエ等これまで三重県の冬季水温では低くて養殖に適さなかった魚が、安定して養殖できるようになることが期待されます。

 デメリットとしては、何と言っても魚病発生のリスクが高まることです。前述のように、養殖魚の疾病は水温が高い時期を中心に発生しますので、水温が高い期間が長くなると疾病の発生が増えることが予想されます。魚病への適切な対処に関する研究もますます重要になると思います。

 さらに、水温の高温化は魚類養殖だけでなく、他の漁業にも影響を及ぼします。アラメ等の冷水性の海藻が減ってしまうことや、やはり高水温に弱いアワビ等の水産資源が減ってしまうこと等が危惧されます。

 三重県ではイセエビも多く漁獲されます。イセエビは高水温に適しているのでイセエビ自体に悪影響はないのですが、イセエビが生息している藻場は高水温化の影響を受けて減少する可能性があり、その影響でイセエビが減少してしまう可能性があります。かつて漁獲が多かった九州の沿岸では高水温化の影響で多くの藻場が失われ、イセエビの漁獲量が約1/4に減少しています。イセエビは三重県の沿岸漁業にとって重要な資源です。現状では三重県のイセエビの漁獲量は安定していますが、今のうちから増殖の研究等対策を考えておく必要があります。

 少し話がそれましたが、平成29(2017)年度から実施しているような詳細な水温測定はこれまで行われておらず、湾毎の水温動向の違いや水温に及ぼす外部環境の影響については十分には分かっていませんでした。今後もこの調査を継続することで、より詳細に水温動向を把握することができ、魚類養殖を営んでいく上で貴重なデータになっていくのではと思っています。詳細なデータを収集・蓄積し解析するとともに、それらを生産者へ迅速に提供すること、環境の変化に応じた養殖管理を行うための調査研究を行い、安定した養殖生産に役立てていただくことが、気候変動に対して当研究室が果たすべき役割と考えています。

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